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芸研日誌

芸研日誌

2019年11月27日

芸大生は展覧会の夢を見るか?

ご無沙汰しております。2回生の北です。またの名を木綿。

先日は『映画 すみっコぐらし とびだす絵本とひみつのコ』を観てきました。愛らしいキャラクターが繰り広げる人情噺、沁みました。すみっコたち(作中ではキャラクターのことをこう呼びます)の繊細な心理描写に、思わず感情移入してしまいます。作品の上映時間は66分と短めなので、隙間時間に観に行けます。おすすめ。

映画すみっコぐらし

以上、映像研究部らしくたまには何か映画を紹介してみよう、という試みでした。

最近なんか眠くないですか?私だけ?映画を観ているときは絶対に寝ないのですが、本を読みながら寝落ち、テレビを見ながら寝落ち、ご飯を食べながら寝落ち……。しかも妙な夢をよく見るので疲れが取れない。正直に言うと今も眠いです。

さて、夢。

夢の中でよく美術館やギャラリーに行きます。職業病ならぬ専攻病ではなかろうか、と疑っています。場所は共通ではなくて、ホワイトキューブだったり木造家屋の廊下から畳の部屋を覗いていたりと様々です。作品もそのときによって平面、立体、インスタレーションとバリエーション豊かで、普通にちゃんと鑑賞して楽しめます。

そのときは何の疑問も持たずにうろうろして、気がついたら朝になり、見た作品を「あれ欲しい」とか反芻しながら大学に来るわけですが、だんだん気になり始めるのはその夢に登場した作品の作者です。自分の夢なんだから自分で考えたものであるはず。しかしどう考えても自分が思いつくタイプの作品ではないのです。

合理的に説明を付けるならば、生活のなかで目にしたものの記憶から取り除かれたノイズが、ランダムに組み合わされた結果夢の中で作品の形を取った、とするべきでしょう。この場合、作者は自分の無意識と言えます。流石私の無意識、趣味が合う。趣味が合いすぎて、「いつかこんなに面白い展覧会が実現したら」なんて夢を見てしまいます。これは起きているときの夢の話。

夢で見た作品は次第に記憶から薄れていき、その日の昼にはもうどんな色や形だったか思い出せなくなります。確かに目の前にあったのに再現不可能になった作品たち。あれはどこに消えたのか。描かれなかった絵はどこへ行くのか。我々はどこから来たのか。我々は何者か。我々はどこへ行くのか。

この頃の関心事について書いたはずが、最後の方はゴーギャンになってしまいました。ちなみに、普段は夢日記はつけない主義です。怖いので。