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芸研日誌

2019年05月22日

タピオカと深淵

こんにちは、二回生の山田です。最近急に暑くなってきましたね。そのせいか私は、最近タピオカミルクティーにはまっています。別に綾鷹から浮気しているわけじゃないですよ。タピオカはその場限りの関係なので。

最近は本当にタピオカが流行っているみたいで、タピオカ専門店もよく見かけますし、身近では飲食店のバイトでお祭りの日に屋台でタピオカを売りました。ブームに乗りたい店長さんが一生懸命朝からタピオカを茹でた甲斐あり、天気も味方してめちゃくちゃ売れました。ちなみにお店は普段はタピオカなど一切売っていないローストビーフやステーキが美味しいお店です。

私もその日は準備のためにお店で茹でた大鍋ぎっしりのタピオカを屋台まで持って行ったのですが、そんな光景を生まれて初めて見た私がそのとき正直思ったことは

「うわ……気持ち悪……」

でした。ぷよぷよで、ねっとりしていて、黒くて、まるで生物の卵の集合体のような見た目。歩くたびに揺れる光沢はとても食べ物とは思えない。これを生産者たちはミルクティーやイチゴオレに混ぜてそれなりの値段で売り、そして消費者たちがそれをそれなりの値段で買って目を輝かせて飲んでいるのかと思うと、なんというか世界の闇を覗き込んでしまったような気分でした。

『深淵を覗き込むとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ…』

真っ黒なタピオカが蠢く鍋をそっと覗き込んだとき、その言葉が頭をもたげました。

別にタピオカを貶めたいわけではありません。私はそのときは2度とタピオカなんて飲むかと思ったんですが、バイト後に振る舞われたタピオカミルクティーのあまりの美味しさに、あっさりと前言を撤回したのでした。

それからスーパーなんかで安く売ってる出来上がったタピオカをミルクティーと混ぜて家で飲むことがマイブームになり、素晴らしいタピオカライフを謳歌していました。

ですが、私はある日知ってしまいました。そもそもタピオカとはキャッサバという芋のデンプンの塊です。それを砂糖とミルクたっぷりの紅茶と飲む。それがなにを意味するのか…

タピオカの「カロリー」という名の深淵に戦慄するのはまた別のお話……