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芸研日誌

芸研日誌

2020年11月25日

足を描く

比喩でも何でもなく、タイトルの通り最近の田部は手が空いた時に足を描いています。脚ではなく足首から下の足です。作品になるようなしっかりしたものではなく、小さいスケッチブックにさかっと描くラフな落書きです。

なぜ急に足を描くようになったのかというと、自分でもよくわからないのですが、おそらく単に「下手だから」やと思います。半年は日本画にいましたが、芸大に入ってほぼ絵を描くことなく4年間が終わろうとしていることに、どこか焦燥感を覚えているのかもしれません。あまりにも行動が遅いですね。特に手よりも足が苦手なので、色んな角度から自分の足を写します。

ただ困るのは、写すために自分の足を無理な角度にすると、すぐに足が吊ってしまうことです。あゝ良い素材がほしい…

小学生の頃、足ではないのですがひたすら手を描いていていたことがあります。
芸大生の多くが遊んだことがあると思うのですが、同じように私もこの頃漫画を描く遊びにハマっていました。この漫画のキャラクターに表情をつけるためには手が重要な役割をするから、と休み時間にずーっと自由帳に鉛筆でいろんな角度・ポーズの手を描いて練習していました。

どうでもよいですが、当時の私はこうしてあまりにも休み時間をひとりで過ごしていたため、「歴代の校長先生に心配されていた(在学中に先生が3回変わっていました)」という話を親から聞きました。これには我ながら、「なるほど、これが真のぼっちの称号か…!」と感心してしまいました(違うそうじゃない)。そんな大人の心配などつゆ知らず、本人は絵を描いたり本を読んだり飼育小屋に行くなどして、ひとり楽しい時間を過ごしていたと思います。それが一番楽しかったので。無事に大きくなって芸大に通う夢を叶えたので安心してほしいです。

話を戻します。そうやって昔から手は描いていたのに、足は全くもって描けない。というより描こうとしていなかったです。何故だろうと考えると、私にとって人間の足は、革靴やハイヒールが描く美しい形から想像するものよりはるかにグロテスクな形をしているからではないかと思いました。指は凸凹とした線を描くし、爪は短く指先に追いやられているし、骨や血管が手よりも複雑に浮き出るし、世に出回った靴に矯正されて外反母趾になるし…ともちろん個人差はありますが、私にとって足はあまり描きたくなるものではありませんでした。そのため描けないまま今に至り、なぜか今描いてみようと描いているという……
けれど逆に、自分の想定外の理解し難いものを見て描くことは面白いよなぁと思います。上手くはないけど描いていて楽しいです。


さて、もうすぐ12月に突入しようとしています。
1ヶ月後はイエス・キリストの生誕祭ですね。私は卒論やバイトやサイト作成などで、「予定表がホワイトクリスマス☆」てなことはなくなりました。この12月は、展覧会「ファルマコン 連鎖/反応」でバイトをしております。大徳寺近くの「アトリエみつしま」で12月8日(火)〜25日(金)まで開催しているため、みなさまぜひお越しください。
https://www.artagenda.jp/exhibition/detail/5375

この時期は、私はクリスマスイブの深夜ミサに行くことを楽しみにしています。昔通っていた幼稚園の教会で毎年イブに行われていて、存在を知ってからよく行くようになりました。

教会の冷えた廊下の空気が運ぶ木の匂い、玄関先の百合の花の香りは、寒空に冷え切った耳や鼻先をさらにこわ張らせますが、讃美歌とともに鳴り響くパイプオルガンの音や、ステンドグラスの輝き、蝋燭に灯る炎の温もりと蝋の溶ける匂いなどを取り込むと、そうしたこわ張りもゆっくりほどけるような感覚に陥ります。深夜ミサには、クリスマスにしか味わえない厳かさと和やかさがあるようです。
日本では年越しに寺社へ行く慣習がありますが、この深夜ミサも同じような感覚で楽しめるかと思います。おそらく各地の教会で行われていると思うので、皆さまもぜひ一度、ご近所の教会へ足を運んでみてください。

そういえば、イエス様の足ってどんなんやったっけ…今年はステンドグラスに照らされる聖像の足元を、いつもよりまじまじと見てしまうような気がします。